【ミステリと言う勿れ】あらすじ・考察・感想・要約・学びまとめ

  • 主人公、久能整(ととのう)は心理学を学ぶ大学生。
  • 整の周りで殺人やバスジャックなど様々な事件が起こる。
  • 整は事件に巻き込まれながら、類まれなる観察眼により事件を解決したり、理路整然とした言葉で人を癒したりする。
  • 「真実は人の数だけある」や「いじめる人は病んでいる」など整の発言には考えさせられるものが多くある。毎話考えさせられ、学べる作品。起こる事件も予想の反転が多く、面白い。
目次
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    1話の要約・あらすじ 容疑者久能整

    大学生の久能整は、朝から自宅でカレーを作っていた。そこにアパートの大家が大隣警察署の刑事、薮と池本を連れて現れる。昨夜10時の行動を問われた整は一人でカレーを作っていたと答えた。すると薮は付近の公園で寒河江の遺体が発見されたことを整に伝え、警察署へ任意同行を求める。
    整は薮、そして青砥の事情聴取を受ける。公園で殺害された寒河江は整と同じ高校の出身で同じ大学に通っていた金持ちの息子のボンボン。寒河江が殺害された時刻に整と争っているのを見た目撃情報があり、整は容疑者となっていたのだ。だが、薮たちの厳しい追求に整は淡々と無実を訴える。
    夜、刑事の風呂光に預けていた携帯電話を返してもらいに行った整は、彼女がペットロスであることに気づく。また、池本が間もなく父親になるという話も整の耳に入った。
    翌日、整が警察署に行くと、薮から指紋を採るよう命じられた風呂光と池本が取調室にいる。整は風呂光のペットロスを言葉で癒し、池本にも出産を迎える妻との不和に対するアドバイスをした。
    取調べ三日目、整は署内での立ち位置に悩む風呂光を励まし、希望を与えた。そこに藪が来て、寒河江を殺害した凶器が見つかり整の指紋が検出されたと伝える。

    真実は人の数だけある

    人は主観でしかものを見られない。それが正しいとしか言えない。そこに一部始終を目撃したCがいたとしたら、またさらに違う印象を持つかもしれない。神のようなだ第三者がいないと見極められないんですよ。だから戦争や紛争で敵同士でしたこと、されたことが食い違う。どちらも嘘をついていなくても、話を盛っていなくても必ず食い違う。AにはAの真実が全てで、BにはBの真実が全てだ。だからね、アオトさん、真実は一つなんかじゃない。二つや三つでもない。真実は人の数だけあるんですよ。でも事実は一つです。

    僕は知らない。寒河江がどんな人間か。あいつの真実はわからない。

    全員が嘘を言っていなくても食い違うことがある。

    人の数だけ真実があるのなら、それにこだわる意味はない。一つの個人的に真実について正当性を主張することにも意味がない。共通するものは事実のみ。事実を正確に捉えて、それぞれの持つ真実に対して折り合いをつける。人にできることはそこまでだ。

    愛を持っていたとしても話さないと伝わらない

    そういうことも話さないと、本人には伝わらないんですよ。

    薮さんは家族を愛していただろう。参観日に行かなかったのも、年寄りが行ったら子供が笑われるんじゃないかっていう思いやりからだ。ただ子供にとっては参観日にも仕事を優先して来ない父親、と言う事実だけが残る。家族だということに甘えないで心配事、不安、どう思ってるか、どうしたいか、口に出してコミュニケーションをとるべき。

    言葉にしなければ何も伝わらないと思っていた方が、ちゃんと話そうという気になるだろう。きっと言わなくてもわかってもらえるという幻想は持たない方がいい。

    権利と捉えるか義務と捉えるか

    僕はたまにメジャーリーグの中継を観るんですけど。メジャーリーガーや監督は試合を時々休むんですよ。奥さんの出産はもちろん、お子さんの入学式や卒業式、家族のイベントで休むんです。彼らは立ち合いたいんです。行かずにはいられるかって感じで行きたくて行くんです。でもその試合の中継をを観ている日本の解説者はそれについてなんて言うかって言うと、「あー奥さんが恐いんでしょうね」、彼らにはメジャーリーガーが行きたくて行ってることが理解できない。なぜなら自分はそう思ったことがないから。無理やり行かされてると考える。大切な仕事を休んでまでと。

    メジャーリーガーは子供の成長に立ち合うことを父親の権利だと思い、日本の解説者たちは義務だと思っている。そこには天と地ほどの差があるんですよ。

    義務と捉えて仕方なく取り組むことにメリットはない。自分でしかできないこと、自分が貢献できることに感謝し、権利、特権と捉える。それによりもっと快活に取り組むことができ、学びや貢献も多くなる。

    2話の要約・あらすじ バスジャックの目的

    整が乗った美術館行きの路線バスがバスジャックされた。乗客に名前を聞いていく犯人に、整は逆にバスジャックの目的と名前を聞く。すると犯人は犬堂オトヤと名乗る。
    その頃、大隣警察署には連続殺人事件の捜査本部会議が開かれていた。その日の朝、新たに4体目の遺体が発見された。被害者に共通点はなく、容疑者の目星が全くつかない状態。青砥や池本らが忙しく動く中、風呂光は捜査に参加させてもらえない。そんな時、風呂光は後輩の警官からバスジャックの通報があったと報告された。しかし、付近のバスは問題なく運行している。風呂光は青砥たちに話すが、ただのイタズラ電話だと受け流されてしまった。
    整の乗ったバスは公園に一旦停まる。オトヤは乗客たちを1人ずつトイレに行かせる。真っ先にトイレに向かわされた整は外部に連絡する方法を考える。出かける前に池本から連絡先のメモを渡されていた整はメモ用紙に起きていることを書いて、犯人に見つからなさそうな場所、誰かが見つけそうな場所に置いた。
    再びバスが走り出すと、整がオトヤが人を殺してはいけない理由を乗客に聞いていく。それに対し整は理詰めにしてオトヤ怒らせてしまう。逆上したオトヤはナイフで整に切りかかるが、乗客の熊田が整をかばった。さらに、乗客の坂本がオトヤを投げ倒す。乗客たちは安堵するが、坂本は落ちたナイフを乗客たちに向ける。その後、バスは犯人の指示で、ある屋敷にたどり着く。

    人に迷惑をかける劣等感

    あなたが殺されずにすんでいるのはここにいるのが秩序を重んじる側の人たちだからです。どうして人を殺しちゃいけないんだろうなんてわざわざ考えることのない、そういう人たちだから今、あなたは殺されずにすんでいるんですよ。

    つまりね、あなたは水泳大会にやってきて、棒高跳びがしたいっていっているようなもんなんです。大変迷惑なんですよ。だからあなたは棒高跳びの大会に出たらいいんですよ。ただしその大会は何のルールもない、誰も順番を守らない、あなたの棒をへし折りにくる敵もいる。そんな大会です。それがあなたの出たい大会なんです。ただし、もしそういうところには行きたくない。自分だけが殺す側でいたいとか思うならそれはまた別の話です。それは単に、人より優位に立ちたいとか、人を支配したいとか、つまり劣等感の裏返しでしかないからです。どうして人を殺しちゃいけないんだろうっていうレベルの話じゃそもそもないんですよ。

    みんながルールを守ってるそのプールでわざわざ棒高跳びをしたいのが殺人鬼なんだよ。

    最近物騒な事件が多い。秩序のあるところで事件を起こして、捕まって死刑になりたいとかほざく輩がいる。結局のところ、動機はしょうもない劣等感に起因することが多い。なぜ劣等感が解決しないのか、怠惰だからだと思う。何も貢献できない、成長しないから劣等感は増すばかり。もし努力をしても、何においても秀でること、成長ができないとしても貢献はできる。貢献すれば、承認欲求が満たされ劣等感がどうでもよくなったりする。誰かに迷惑をかけたりしなくも、もがいて頑張っていれば生きててよかったと思える日がきっとくる。

    怠惰は聖書で七つの大罪の一つとされる。なぜ殺人などと一緒に扱われるか。多くの罪が怠惰に起因するからだ。

    いじめる奴は哀れで病んでいる

    DVもそうだけど、どうして被害者側に逃げさせるんだろう。病んでたり、迷惑だったり、恥ずかしくて問題があるのは加害者の方なのに。

    先生や親に「あいつにいじめられたよって。あいつ病んでるかもしれないから、カウンセリング受けさせてやってよ」って、みんなが簡単に言えるようになったらいいと思う。


    いじめるやつはいじめることで劣等感や支配欲を満たす。被害者が不登校になったり、悲しんだりすることでより劣等感、支配欲がより満たされる場合がある。

    周りはいじめっ子が劣等感、支配欲を満たすのを後押しするようなことをしてはいけない。もし、いじめる奴を「あいつは病んでいる、可哀想な奴」と周りが変換するようになれば欲望は満たせなくなるんじゃないか。ただただ可哀想な奴として扱われる。そうなればいじめる報酬、メリットはなくなるんじゃないかと思う。

    3話の要約・あらすじ 真相の先


    バスジャックが発生したことに、いち早く気づいた風呂光と青砥、池本たち警察は整たちが監禁された犬堂邸へと急ぐ。その頃、邸内では犯人に促された乗客たちによる“これまでに自分が犯した一番重い罪”の話が続いていた。露木、柏、淡路の次に話したのは、奈良崎。部下に自殺された奈良崎は、遺族から自分のせいだと責められて悩んでいる。話を聞いた整はリラたち同様、言葉で奈良崎の心を癒す。
    奈良崎の話が終わると、乗客の1人、熊田が運転手の煙草森にも罪の告白するよう指名した。驚く煙草森だが、幼い頃、親が飼っていた金魚をうっかり死なせてしまい、それを隠してしまったと話す。そんな時に、SATを先頭にした風呂光たちが犬堂邸に乗り込んできた。
    警官たちの突入に、ガロとオトヤは意外にも素直にバスジャックを認める。警戒をする警察に整はこの中に連続殺人犯がいると告げる。整は今まで観察して来た乗客たちの行動から、連続殺人事件の犯人が誰なのかの特定を始める。まず整はバスジャック犯の犬堂兄弟についておかしいと思う点を話し出した。ガロは家に飾られた絵を自分が描いたと言ったが、整は彼が本物のガロではないと言い出した。絵には左利きの特徴があった。偽ガロとオトヤの仕草から本物のガロを特定する。

    幼稚

    子供はそういうことがあるんです。そのものが視界から消えて見えなくなれば、その存在自体がなくなったと思う。だから嫌なものを隠して安心する。


    人間の幼稚性を端的に表すとしたら、「事実や都合の悪い現実を見えないようにする、隠そうとすること」と言えるのかもしれない。

    我が路

    愛珠は小さい頃から病弱で甘やかされていたせいか、わがままで乱暴で人を支配したがる傍迷惑な女だった。こんなやつ死んじまえって何度思ったことか。でも・・・愛してた。


    なんでかな、ちょっと似てる気がするんだ、俺たち。また会いたいな。

    傍迷惑で、困らせて来る人間でも、そこに愛があればかけがえのない人となり得る。結局は愛があるかどうか。

    4話の要約・あらすじ 記憶喪失の爆弾魔

    整が趣味のカレー作りを楽しんでいると、風呂光から電話が入る。イヤな予感がしながらも応答した整、風呂光は案の定、事件の解決を手助けしてほしいという。それは、闇サイトにアップされた爆破予告場所の特定だ。予告にはアルファベットを使った暗号文が書かれているが警察官たちは解くことができない。昨日は品川に仕掛けたと闇サイトで予告されたが、幸い予告に書かれてたビルが特定され爆弾が発見されて未遂に終わった。だが、再度予告があり、今回は大隣署管内に仕掛けられたため、池本が整に協力を求めようと風呂光を向かわせていたのだ。
    カレーを食べようとしていたところ、風呂光が迎えに来る。整はまたしても取調室へ行くことになる。整は昨日の暗号文の謎を解く。そんな時、二つ目の爆弾が発見されたと連絡がくる。整は風呂光に暗号を解いたことを褒められるが、何かが腑に落ちない。

    次の日、3度目の予告が闇サイトにアップされた。そんなことを知らない整は雨の中を食事に出かける。すると、道中見知らぬ男が傘もささずに座っていて歌っている。しばらく会話を交わした整は、その男が記憶を失っていることに気づく。

    会話の中で男が言う「どこかに時限爆弾を仕掛けた気がする・・・」と。

    言葉の災

    ちょっと前にテレビドラマで「どうして曇っていると天気悪いって言うんですかね」っていうセリフがあって。雨の日もそうですけど、なんだかハッとして。

    曇りの日は曇りの日の、雨の日には雨の日の良さがある。子供の頃から「天気が悪い」と言う言葉が刷り込まれ、曇り、雨の日になるとネガティブな感情が反射するようになる。気づかない間に言葉そのものが、ネガティブな影響を持つことがある。

    ネガティブな記憶のメリット

    悪い記憶というのは脳に負担をかけるけど、同時に脳を活性化させる刺激にもなる。

    試練、挑戦が人生に多いほど人は成長でき、強くなれる。天気と同様に、悪い記憶もポジティブに捉えられるかもしれない。それが自分にとって益となるとわかっていれば。悪い記憶ができてしまった時は、「あー脳を活性化してくれてる」と思えばいい。

    ミスリード

    二度目までが予告通りの時間。これが三度目の正直だよ。

    1、2度の爆破はフェイクだった。わざとわかりやすい暗号でミスリードを誘う。本命では予定時刻よりも早く爆破させる。爆破を成功させるために綿密に練られた計画。その反面、暗号を残して、誰かに止めてほしいと願う。小学校は爆弾魔にとっていじめられた辛い記憶に唯一の大切な記憶が混ざる場所。壊したいけど、壊したくない場所。

    壊したい、壊したくない記憶

    爆破したいと同時に、爆破したくなかった。先生との、お母さんとの唯一の楽しい記憶がある場所を思い出すと苦しいから壊してしまいたい。と同時に、ずっと大切に守っていたい。あなたは本当はお母さんが大好きなんだと僕は思います。

    良い記憶も、それが二度と訪れないと思うと、とてつもなく悲しくなるときがある。愛おしい記憶、でも思い出すと辛いから忘れたい記憶、そういうものが誰にでもあるのかもしれない。

    三好達治の乳母車

    三好達治の乳母車、ラストがいいよね。


    母よ
    淡くかなしきもののふるなり
    紫陽花いろのもののふるなり
    はてしなき並樹のかげを
    そうそうと風のふくなり
    時はたそがれ
    母よ 私の乳母車を押せ
    泣きぬれる夕陽にむかって
    轔轔と私の乳母車を押せ
    赤い総のある天鵞絨の帽子を
    つめたき額にかむらせよ
    旅いそぐ鳥の列にも
    季節は空を渡るなり
    淡くかなしきもののふる
    紫陽花いろのもののふる道
    母よ
    私は知っている
    この道は遠く遠くはてしない道

    母親の愛情に飢えていた三好達治の生い立ちを連想させる詩。愛に飢えると人生そのものが途方もない道を進んでいるかのような感覚になる。遠く、遠く、果てしない道に思える。

    5話のあらすじ・要約 22年前の未解決事件

    爆弾魔事件で河川敷を転がり落ち、頭を打った整。外傷もなく、軽症なのだが、念のため検査入院をすることになる。事情を知った池本は青砥に整は警察に大いに貢献しているので入院費ぐらいこちらで払っても良いのではないかと提案する。青砥が許可すると、風呂光が手続のため病院に向かう。
    病室にいる整の元に依頼主が自分の名前という荷物が届く。箱を開けると、中にはドライフラワーと手紙が入っている。手紙の文章から整は我路からのものだと推測し、また良からぬものが入っているのではと警戒しながら箱を調べると何かが落ちた。整が落ちたものを探していると風呂光が病室に来る。整が拾い上げた指輪に風呂光は動揺し、手続の用紙を渡してすぐに帰ってしまった。整に恋人がいると思ったのだ。

    その夜、整が寝ようとすると隣のベッドの老人から声をかけられる。老人は牛田悟郎と名乗り、定年退職した元刑事だと言う。そして、牛田は相棒の刑事・霜鳥と担当した事件の話をする。牛田は整に問題として謎を解かせようとする。眠くて気が乗らないながらも整は2問目までを正解する。

    3問目は22年前に売春する女性が次々に殺害された未解決事件についてのもの。当時容疑者は羽喰玄斗という証拠を残しまくる殺人鬼だと特定されるが中々逮捕には至らなかった。

    そんな時、羽喰に狙われているという女性から保護を求める連絡が警察に入った。牛田は霜鳥と女性に指定された場所へ向かうのだが、女性は既に殺されていて、霜鳥は生きてはいるものの刺されていた。霜鳥は一命を取り留めるが、羽喰はその後、消息不明になり事件は未解決に終わったと。

    整が話し出す「犯人は・・・」

    伏線

    さっきの問題ですが、一つ目は罪を他人になすり付ける話、二つ目は空き巣を犯罪に利用する話。それこの3つ目のヒントになってるんですよね。

    牛田はずっと重い秘密を抱えて生きてきた。その秘密が死を前にして、より重いものになっていた。その重い秘密を誰かに聞いてほしくて会話にヒントを混ぜた。

    人は時に気づいてほしいこと、聞いてほしいことを伏線のようにコミュニケーションに混ぜる。それに気づいて、ちゃんと聞いて、必要とされる会話ができる人でありたい。

    「闘病」という言葉の無神経さ

    どうして「闘病」って言うんだろう。闘うと言うから勝ち負けがつく。例えば、有名人が亡くなった時に報道ではこう言います。病には勝てず、病気に負けて、闘病の末力尽きて、どうして亡くなった人を鞭打つ言葉を無神経に使うんだろう。負けたから死ぬんですか?勝とうとしたら勝てたのに、努力が足りず、負けたから死ぬんですか?そんなことない。僕ならそう言われたくない。勝ち負けがあるとしたらお医者さんとか医療ですよ。その時点の医療が負けるんです。患者本人が、あなたが負けるんじゃない。

    人は皆死ぬ。最後は病に負けた、病気に負けた、力尽きた、ネガティブな表現で終わるのは悲しい。人の意志ではどうにもならないことが人生には多々ある。わざわざ最後を勝ち負けで表現する意味はない。

    秘密の行方

    違いますよ、そういう申し出をされるのが嫌な人間だということをあなたが知らないか、忘れているということが悲しかったんじゃないでしょうか。

    長年、難事件を一緒に解決してきた相棒。死を前にして、会話して、その相棒が自分の大切な部分を知らない、忘れてるんだなと気付く。

    牛田は霜鳥のことを優しいやつと表現し、高く評価していた。よく知っているつもりだった。事件の証拠を隠したのも、最初はそんな霜鳥を思いやってのことだっただろう。ただそれをしたことにより、自分は重荷を背負い、霜鳥もまた他人に罪をなすりつけた人間、罪を償わない人間として時間が経ってしまった。自分のしたことは誰のためにもなっていないと牛田は気づいたのだろう。

    自省録

    目を醒まして、君を悩ましていたのは夢であったのに気づき、夢の中のものを見ていたように、現実のものをながめよ。

    自省録を通して会話するのは笑える。笑 ページ番号、順番で話してくる相手に対して健気にページをめくり、メッセージを読み取ろうとする整は優しい。

    6話のあらすじ・要約 虐待される子どもを救う炎の天使

    病院に検査入院している整は、退院を前日の夜、病院の掲示板に秘められた暗号を解き院内にある温室へ。そこで整は自省録の暗号を通して会話するライカと出会った。ライカは数字で、翌日午後3時に再び同じ場所に来るよう整に伝えて姿を消した。

    次の日、退院手続きを済ませた整は、ライカが指定した時間までまだ時間があったので昼飯を食べようと病院のレストランへ向かう。すると、患者の下戸とぶつかってしまう。整はすぐに謝るのだが、陸太は難癖をつけて許そうとしない。だが、冷静に理詰めで返す整に陸太は面倒な奴と言って辟易して去った。

    午後3時になり、整が温室へ行くと床に数字が書かれている。『自省録』で確認すると、ある地点の土の中を示していた。整がそこを掘ると、何かが入ったビニール袋が出てくる。その時、整を止めようとする女性の悲鳴が。温室を管理している梅津だ。ビニール袋は、事情があって梅津がその場所に埋めたものだった。

    梅津から事情を聞いて、整は梅津の悩みを解決する。梅津と別れた整は、桜の幹にピンで止められた手紙を発見する。中を見ろという暗号が書いてあり、整が開封すると、落書きが描かれた塀の写真が入っていた。落書きは炎のマークに見える。写真の裏には住所が書かれていた。
    整が写真に書かれた住所に行ってみると、一軒家が全焼していた。整は野次馬の中に陸太を見つける。整の姿を見た陸太は話をしていた井原と立ち去る。すると、いつの間にか整の隣にライカが現れる。

    本当の損

    僕にはわからないですけど、すっきりした方が良くないですか?ずっとやましい気持ちが残ってるのって苦しくないですか?

    お金や物質をずるい方法で得たとしても、それで一生やましい気持ち、罪悪感で苦しむのならむしろ損していると言える。

    もし心の中で悪魔が囁くのなら、物質的な損得だけでなく、心のプラスマイナスについても考えてみるべきだ。心の損を取り戻すのは難しい。場合によっては一生背負うものになるかもしれない。

    箱の中のカブトムシ

    これはつまり他人の心を推し量るのは難しいというテーマだろうか。他人の人生を想像したり、仮に似たような体験をしたとしても自分が感じ考えるように他人も感じ考えているとは限らない。自分の痛みと他人の感じる痛みは同じではないかもしれないと前もって考えておくのは大事かもしれないね。

    桜は傷つけじゃダメで、梅は傷つけていい?それは人が美しく花を見たいがための都合で、本人たちに聞いたわけではないよね。

    人のことをわかった、理解していると思い込んでいると怠慢になる。考えなくても、だいたいこういう感情だろうと決めつけてしまう。仮にそれがずれていると、やられた側は理解されてないなと感じ、悲しい気持ちになるだろう。

    同じものを見ていても、他の人が同じことを思うとは限らないと忘れないこと。どう思うのか関心を持つこと。時にはずれがないか、聞いてみること。それによりコミュニケーションのずれは多少防げるのではと思う。

    虐待する人間が誕生するまで

    虐待されてた子供達も、みんな凝った綺麗な名前がついてるんだよな。親も名前をつける時にはそんなことになるとは思わなかったんだろうな。

    子どもを産んで綺麗な名前をつける時に、よし虐待しようと思う親はいないのではないか。子どもに対する小さな罪を犯して、だんだんとそれが当たり前になる。もっと大きな罪を犯す。それが当たり前になる。そのループを繰り返して、信じられないような虐待行為を行う人間に少しずつなっていく。

    虐待を野放しにする日本

    日本では強制的に親子を引き離す権利は誰にもない。まだまだ家庭には介入できない。直に目にする医療関係の人たちも悔しいだろうと思います。

    虐待事件が跡をたたない。人間とは思えない酷い行為を自分の子にする親がいる。海外の法律を参考にどんどん日本も法整備をするべきだ。虐待される子どもは逃げ場がない。少しでも兆候があれば、すぐに親子を離して事実確認ができるようにするべきだと思う。

    7話のあらすじ・要約 殺されるか、苦しんで生きるか

    ライカと関わる中で、整は奇妙な放火殺人事件を調べ始めることになる。放火された住居の家族は、親が死に、子供だけが助かっている。また、風呂光ら警察の情報網から、整は虐待された子供が壁に特定のマークを描いて親の殺害を依頼するという「炎の天使」に関する都市伝説サイトを見つける。そして、整は下戸も放火による火災で両親を亡くした事を知る。

    クリスマスイブの夜、病院で行われるイベントの手伝いをして欲しいと陸太に呼ばれて倉庫に向かった整は陸太に襲われてしまう。倉庫には、入院している子供に対して虐待の疑いがある両親も拘束されていた。 それより2日前。放火殺人事件を捜査する青砥たち警察署強行犯は、現場に残された炎のマークから、3年前に起きた同様の事件、証拠不十分で逮捕出来なかった井原香音人を犯人として疑う。香音人は結局ボヤの放火で逮捕され、少年院に服役していた。半年前に釈放されていたのだが、その後の行方はわかっていない。

    イブの夜、青砥たちは放火犯「炎の天使」を扱う都市伝説サイトの管理人をしている鷲見も放火殺人事件で生き残った子供であった事を突き止めて事情聴取に向かう。 その頃、整は陸太の弱点、赤を見ると痛みが走る症状をついて形勢を逆転する。陸太が「炎の天使」なのかと聞く整に、陸太は自分ではなく先輩が「炎の天使」だと答えた。整がその先輩に会わせて欲しいと頼むと、陸太はビルの一室へと整を連れて行き、香音人に会わせる。整は陸太と香音人の関係、放火殺人事件の全貌を聞くことに・・・

    炎の天使の苦しみ

    炎の力を使って、僕と同じ辛い思いをしている子供たちを助けてあげたいと思ったんだ。

    僕はあの子達を助けたと思っていた。みんな幸せになっていると思ってた。もうこれ以上できない。僕はやめる。僕は天使をやめる。

    ごめんね、陸ちゃん。苦しくさせて。痛くさせて。陸ちゃん、助けてあげられなくてごめんね。

    香音人は幼少期、壮絶な虐待の中で死を覚悟する。偶然に起きた家事によって親が死に、生き延びる。同じように苦しむ子供を救いたい一心で「炎の天使」として生きていた。香音人がかつて救った人に会いにいくと、自分の救った人たちは皆、自分の犯した罪によって苦しんでいることを知る。

    香音人がすごいのはそれをみて、自分が間違っていたと認められること。炎の天使をやめると言えたこと。もし快楽的に殺人をしていたのであれば、やめられない。香音人の目的はあくまで虐待される子供たちを救うことだった。

    殺されるか、生きるかの選択

    それをずっと抱えていくんですか?子供達にもそうさせるんですか?それもまた虐待です。

    会ってみたらみんな苦しんでた。自殺したやつもいる、病んでいるやつも。でも殺されるよりマシなのか?本当にそうか?俺にはわからない。

    この日もテレビで7歳の息子を窒息死させた母親のニュースを見た。2回児童相談所に預けられていた。家庭裁判所は親元に帰らせることを決定、数ヶ月後にその子は殺された。その子を救う術はあったのか。今の日本の法制度、仕組みじゃ救えない。仮にもっと周りが家庭に踏み込んでいける法律があったら救えたのか?それもまた疑問。あまりに狂った親から子供を守ることは難しい。

    親を殺し、生きることを選択した子供たち。皆、陸太のように幸せになってるだろうと思いきや苦しんでいた。炎の天使の責任か。そうとは言えないと思う。香音人が助けていなければその時点で彼らは死んでいたのだから。

    香音人は虐待する親という問題の原因が取り除かれれば子供たちは幸せになるだろうと思っていたのかもしれない。しかし親が消えたとしても問題が取り除かれただけ。生き残った子供たちはその後、親のいない孤独な人生の中で思春期を過ごすことになる。香音人はあれだけ優しかったのだから孤児院のような施設を運営したら良かったのではないか。サバイブした子供たちが心から虐待を乗り越えられるような癒される場を香音人だったら作れたと思うのに。

    人生はクソ親の元で生まれるだけでだいぶハードモードになる。幼少期の愛情不足、辛い記憶をプラスに転換することは相当の強さがいる。

    孤独を力に変える

    この石について考えてみよっか。なんでここにあるのかな。当たり前にそこにあるもの、ある言葉、なぜそうなのか、誰が決めたのか。いっぱい考えてみるといいよ。そしてそれを誰かに話そう。

    考えるといいと思います。身の回りにあること全て、考えて、考えて、考えて、考えて、誰かに話してください。

    孤独の中に生きていると時間が無限のように感じる。その中でも整がしたように、考えて、考えて、考えていれば、いつかその思考力、想像力が誰かの役に立つ時がくるだろう。孤独はネガティブなものではない、思考力、想像力を鍛える時間。

    気付く力

    その先生はロクさんをカエルと呼んだ時点でダメです。僕はいつもいろんなことに気づきたいと思っています。僕のクラスにロクさんがいたら家で何か起こってることに必ず気づくと思います。香音人さんがいたらその異変に、絶対気づきます。

    思い起せ、君はどれほど前からこれらのことを延期しているか。またいくたび神々から機会を与えて頂いておきながらこれを利用しなかったか。しかし今こそ自覚しなければならない、君がいかなる宇宙の一部分であるか、その宇宙のいかなる支配者の放射物であるかということを。そして君には一定の時間の制限が加えられており、その時を用いて心に光明をとりいれないなら、時は過ぎ去り、君も過ぎ去り、機会は二度と再び君のものとならないであろうといくことを。

    自省録

    どれだけ人の痛みに気づき、寄り添えるか。一つの気づきで救われる人がいる。陸太の先生が整のように気づく人で、痛みに気づいていれば、陸太の人生は大きく変わっただろう。

    陸太は自分をいじめていた奴らよりも、陸太の痛みに気づかず、陸太をいじめていた人間たちを陸太と遊んでやっていると褒めた先生を憎んでいた。これは物凄くわかる。私の父も手が出る人だった。時が流れて父を心から憎んでいる兄弟はいなかったと思う。むしろ、それを目の前で見ていたのに、子供の心に寄り添わず「あんたが悪いから叩かれるんだ」とか言って思考停止で否定をしてきた母親の方にいつまでも遺恨が残る。身体の痛みは消える、心の痛みは中々消えない。

    最後に自省録がまた引用される。人生の時間には制限がある。全ては過ぎ去る。目の前にある痛みに寄り添う機会は二度とやってこないかもしれない。だから整が言ったように、一瞬一瞬できるだけ気付こう、目の前の人の心に寄り添おうと思うことが大切。

    8話のあらすじ・要約 ミステリーナイトの始まり

    整は幼い頃に色々なことを教えてくれた美吉喜和の墓参りに行く。すると、そこには天達がいる。天達は整の大学の先生であり、かつての喜和のパートナーだった。天達は喜和の命日を忘れないで墓参りに来た整に礼を言う。

    そんな天達は、整に別荘でミステリー会を開くので来て欲しいと頼む。高校時代の同級生とゲストを呼ぶらしい。また、天達は自分の講演会に風呂光が来たことを話し、そこで風呂光から、整が警察に協力して活躍していることを聞いたと話す。整にミステリー会で謎解きの力を見せて欲しいと言う。整が答えに困ると、天達は食事の片付けや手伝いのアルバイトだと言って安心させる。そして、ひとつだけ頼みがあるとある事を告げる。「ミステリー会に集う人たちの中で一人だけ嘘をつく人がいるから見ていてほしい」と。

    約束の日、整が待ち合わせ場所に行くと天達が車でやってくる。車に乗っている風呂光を見て整はびっくりする。天達は風呂光が勉強熱心だったので誘ったと言う。天達は、風呂光が刑事だということはミステリー会に集まる人には教えないようにしようと話した。

    雪の中を走る天達の車は、蔦に覆われた山荘(アイビーハウス)に着く。天達や整たちを玄関で迎えたのは橘高。他にも山荘内には、主人の蔦が待っていた。天達と橘高、蔦は高校の同級生。蔦はミステリー会のゲストだとデラ、パンも招いていた。

    部屋割り振りなどを済ませ、夜になるとミステリー会が始まる。

    蔦は別荘の以前のオーナー夫人がバルコニーから転落死したことを話し始める・・・

    自分の苦手を認識する人

    自分に苦手なものがあると認識している教師は生徒にも苦手なものがあると理解できる。自分ができることは人もできると信じている教師は多くを取りこぼすことになる。

    蔦に教師なんてむいてないんじゃない?と言われる整。向いてるから目指してるわけではないと返す。そんな二人を見て、天達は苦手なものを認識してる人の方が他の人にも苦手なものがあると理解できると言う。教師のように人の気持ちに寄り添うことが求められる職業、むいていない人がいるとしたら蔦のようにデリカシーなく色々言ったりしてしまう人間なんじゃないか。

    痛みの先にできる四つ葉のシロツメグサ

    シロツメグサは本来三つ葉なんですけど、傷つけられると四つ葉になるそうです。つまり四つ葉を探そうとして分け入ってどんどんクローバーを踏みつけるとどんどん四つ葉ができてしまうわけです。マッチポンプです。その人が植物を大事にしていたら、知らないわけがないと思う。その人が幸せだったら、そんな風に探さなかったと僕は思います。

    痛みの先に幸せがある、と思ったのかな。

    色々な解釈ができるストーリー。

    例えば、四つ葉のクローバー探しは運任せのように見えるけど、実は探そうと思ってうろちょろして努力していれば、見つけられる可能性はどんどん上がっていく、運は自分で味方につけるもの的な話。

    他には四つ葉のクローバーは人間側からしたら幸運の象徴だが、四つ葉のクローバー側からしたら踏み荒らされた結果の不幸の象徴。幸不幸は主観的なものだと言う話。

    後は天達が言うように、四つ葉のクローバーは突如幸運の象徴として現れるわけではなく、痛みの先に生じる。痛みの先に幸運があるんだよという話。

    ここは物凄く伏線感がする箇所。

    9話のあらすじ・要約 負の連鎖の末

    整は、ミステリー会が行われている山荘で、子供の頃お世話になった美吉喜和がストーカーに殺された事実を知る。喜和も、ストーカーも暖炉にくべられた夾竹桃の毒性の煙を吸って死んでいる。最近、都内でもストーカーによる殺人が多発していると言う風呂光。整はミステリー会に来る前、天達から参加者の中に一人だけ嘘をつく人物がいるので見ていて欲しいとお願いされたと話す。すると、風呂光は天達から逆に嘘をつかない人を見ていて欲しいと言われたと話す。整たちは喜和が殺された事件に何か裏があるのではと考え始める。

    翌朝、目覚めたミステリー会の参加者たちは雪かきをすることになる。整が天達に、喜和の事件について尋ねると、天達は第三者の進入の形跡はなかった、ずっと事件に関して違和感があったと答える。そして天達は整にとにかく会の状況を先入観なしで見て欲しいとお願いする。そんな時、風呂光は喜和の死因となった夾竹桃の枝が数本折れている事に気づいた。

    雪かきを終えてから、整と風呂光がガレージで道具を片付けていると停電が発生する。二人は電動シャッターが開かなくなり閉じ込められてしまう。整は橘高がガレージに張っていたテントの中から電灯を取り出す。整たちは山荘へとつながっているドアを天達に開けてもらい外に出られた。停電の原因は送電線が雪の重みで切れてしまったためだった。

    電気の復旧は夕方までかかりそうとのことでとりあえず昼飯を食べることになる。整はカレー作りを頼まれる。参加者を観察する整は、あることに気づき、ミステリー会のメンバーに言う。「そのワイン飲まない方がいいです」と。

    凶行の動機

    なんで?そうだな・・・ストレス?悔やむのに、疲れた。悔やんで、恥じて、呪って、惨めになって。いい加減腹が立ってきた。仕事も頭打ちの上に、親の介護で時間もない、山にも行けない。多分ストレスなんだろう。ストーカーを操ってやったら少しは気が晴れたもんな。

    まぁ正直に言うとさ、天達にはちょっとだけ、ざまぁみろって思ったよな。好きな仕事して、成功して、あんないい女と付き合ってよ。高校の頃は俺の方が成績良かったのに。こっちは役所で書類まみれだよ。いつもそうやって涼しい顔しやがって、内心人のことバカにしてただろう。・・・くたばったって気にしない。どうだっていいんだよ。

    根っから、最初からの悪人なんて中々いない。悪事を行う人も橘高のように最初は真面目に頑張って、それが報われなくて、苦しくて、闇に落ちていくのかもしれない。人間は弱いから一人っきりで人生の様々な問題を乗り越えることは難しい。橘高に弱さを見せられる、頼れる友達がいたのなら変わっていたかもしれない。天達は良き友になれただろう。橘高はなぜ天達にざっくばらんに相談できなかったか。橘高にはプライドがあったから。自分の方が上なのに、なぜ天達の方が良い人生を送ってるのかと考えてしまう。それが凶行の根源になっている。

    責任の所在

    僕はストーカーに腹が立ちます。ストーカーが野放しにされて、被害者の方が逃げて、隠れて、その結果すべてを捨てて、不自由になって、殺されると怯えながら、やっぱり殺される。その理不尽なシステムに腹が立ちます。あなたは人の役に立とうとして犯罪に巻き込まれただけです。本来はケアされる側の人でした。

    問題なのはミスをしたことではなくて、それを話さなかったことです。話せていれば次の被害はなくて、橘高さんも怖がらずに済んだ、予行演習も必要なかった。

    悪いのは完全にストーカー。橘高は真面目で、自分を責め続け、潰れてしまった。誰でもミスを犯す。ミスすることは恥ずかしいことではない。それを隠したり、正当化したりする方が恥ずかしい。橘高は自分のミスを認め、天達などの友人に相談することができればもっと違う未来があっただろう。

    悪を選択する代償

    殺す選択肢のある人間には、殺される選択肢も生まれてしまう。

    橘高はすでに誰かを殺す選択をしていたので殺されることを恐れた。天達は一切そんなことは考えていなかったのに。一つの選択をするとそれがだんだんと当たり前になっていく。悪い選択をすれば、悪い選択をすること、されることが当たり前になってしまう。

    今ウクライナ問題が起きている。子供が爆弾によって亡くなった映像を見た。母親が泣き崩れていた。ロシアのプーチンはなぜこんな悲劇を起こせるのだろう。こんな冷酷なことができるのだろうと思った。プーチンは今までたくさんの自分の権力を脅かす人を弾圧、始末してきた。それが彼にとって当然の選択肢になり、自分がしたことをされることをどんどん恐れるようになった。今では政府の中の人とまで暗殺が怖くて5m以上離れて接するらしい。独裁的な選択をしてきた結果、自分を守るために「脅威がある」といって冷酷な判断を無表情でできるようになってしまった。子供を爆弾で殺すことを正当化する脅威なんてない。最初は小さな一つの選択だったのかもしれない。一つの悪を選択する代償は重い、ずっと人生について回るかもしれない。その重さを一人でも多くの人がわかれば、もっと優しい世界になる。