- 人間は混沌そのものだ。島田さんのために腹を立てた彼と、姉を苦しめた彼が一個の個体に住んでいる。
- 修練が足りなかった、その一言に尽きます。また一年順位戦を戦い抜き、またここに座れるよう鍛錬するのみ。
- 夜になると、自分はずっとこのままなのかと不安になって、息もできなかった。だから何も考えなくてすむようにのめり込むように盤に向かった。ずっと足のつかない夜の海に浮かんでるような日々だった。この小さな盤しかすがれるものはもはやなかった。詰め将棋は出ている書籍をかたっぱしから解きまくり、熱が出るほど読み込んだ。そして父の書庫に眠っていた全公式戦の棋譜、50余年分、そこから美しく閉じられた江戸時代の棋譜まで昼も夜もなく並べ続け、休みは全て将棋会館か、父の紹介の将棋道場で朝から晩まで対局をした。指して、指して、指して、指して、指し続けて。指して、指して、指して、指して、指して、指して、指して、指して、指して、指して。そうして僕は今ここにいる。
- ほんとはずっと恐かった、でも、でも後悔なんてしない、しちゃダメだ。私のしたことは絶対間違ってなんかない。
- ふしぎだ。人は、こんなにも時が過ぎた後で、全く違う方向から嵐のように救われることがある。君は僕の恩人だ。約束する僕がついてる。
- 彼女を泣かした人間を今すぐにでも全員探し出して八つ裂きにしてやりたいと思ったが、そんなんじゃ解決にはならない。彼女のために何一つならない。だから考えろ、考えろ、どうしたらいい。考えるんだ。
- 大丈夫だ、桐山、先生は何があってもお前の味方だぞ。
- 万が一転校することになったとしても、休学時に家庭教師を頼むにしても、弁護士に相談することになったとしてもお金がかかる。ひなちゃんがどんなことになったとしても行き場を用意するには、俺は。
- つらすぎるならそこから立ち去っていい。まともじゃないことをしてくるやつらには、まともに立ち向かうことはしなくていい。
- 勝ちたい、勝ちたい。どこか一つだけでも強い存在でありたい。そうだ、僕は必要とされたい。
- 必要とされたい、だから強くなりたい。それのどこが不純なんだと。お前をお前にできることをまず一個一個やるしかないんだよと。深く息をして、一歩一歩行くんだよと。
- 迷い、ためらい、ひるみながらも、それでも自分の今までを信じて、憧れの地目指して、火の玉みたいに突き進む、まるで一編の冒険小説のようだった。
- 厳しい食事制限、悪化させぬようにひたすら耐えて息を殺すように過ごす日々、喧嘩もスポーツも友達と遊ぶことすらほとんどかなわなかった。彼が唯一ヒーローとなって暴れまわることができるのは、このたった81マスの盤上のみなのだ。
- 僕は絶対に勝って帰ってくるから、お腹痛くなくなったらみんなで甘味やさんに行こう、好きなもの全部のせていいから。
- あの子を見ていて思い知らされたのは辿り着きたい場所を持ってしまった人間というのは、ここまで突き詰めないといけないのかということだった。なりたいものになれる人間なんてほんの一握りの人だけなのだからと。